『もういいよね』と話しかけた日 〜続・おまけの人生〜【第3話】

家族介護

「60過ぎたらおまけの人生!」

父は、笑いながらよくそう言っていました。

その言葉どおり、父は“おまけの人生”を全うすることになります。

動けない体でも、楽しむ力

頸椎損傷で下半身はまったく感覚がなく、動かせるのは麻痺のある両上肢と頭だけ。 それでも父は、テレビを観ることを楽しみにしていました。

映画やドラマ、スポーツ観戦が大好きだった父。 やがてリモコン操作が難しくなると、テレビにストロー型のセンサーを取りつけ、口で息を吹きかけて操作するようになりました。
しっかりと頭を使い、テレビのスイッチを入れ、好きな番組を選んで観ていました。

意思も言葉もはっきりしていて、コミュニケーションに困ることはありませんでした。

自分の体を思うように動かせない日々。 父がどんな思いで過ごしていたのか…。 私には想像しきれません。 けれど、父の口から「辛い」「嫌だ」などのネガティブな言葉を聞いたことは、一度もありませんでした。

父の訪問入浴

障害のある父は、生活のすべてに介助が必要でした。もちろん入浴も例外ではありません。

そこで利用したのが、訪問入浴サービスです。週に一度、スタッフの方が自宅を訪れ、父をお風呂に入れてくださいました。

自宅の浴室は使えないため、スタッフが専用の浴槽を持ち込み、リビングに手際よく設置します。お湯を張り、排水は浴室の排水口へ。あっという間に、そこが“お風呂場”になるのです。

スタッフは3人で、そのうち1人は看護師さん。まず父のバイタルを確認し、にこやかに声をかけながら着替えを手伝ってくれます。その間に、他の2人の介護士さんが浴槽の準備を整えます。

準備が整うと、寝たままの父を2人で抱え、驚くほどスマートに浴槽へ。 体重60kgほどあった父の体が、まるで手品のように軽々と運ばれていく姿に、毎回目を見張りました。

父は気持ち良さそうに目を細めています。

シャンプーをし、全身を丁寧に洗い、足の指の間まできれいにしてくれる——その仕事ぶりには、ただただ頭が下がる思いでした。

介護士さんの中には、金髪だったりピアスをしている若い方もいましたが、その対応はとても丁寧で、父にも私たち家族にも誠実でした。当時の私は、そのギャップに少し驚いたのを覚えています。

入浴を終え、きれいになってベッドに戻ると、父は必ずこう言いました。

『ありがとうございました。

その一言に、胸があたたかくなりました。 私たち家族にとっても、それ以上に感謝の気持ちでいっぱいの時間でした。

入浴が終わると、リビングは元の配置に戻されます。ほんの少し前まで、そこがお風呂場だったことが信じられないほど。

本当に、手品のような時間でした。

そしてその時は、いずれ私自身が訪問入浴に携わるとは思いもよりませんでした。

桜と、ほんの一杯

春になると、近所の桜並木や公園へ花見に出かけました。

移乗は決して楽ではありませんでしたが、ヘルパー資格のある知人と私で協力し、改造した車の回転式シートに乗せ、フルフラットの車椅子を後ろに積んで出発します。

桜を見上げる父は、目を細めて、どこか嬉しそうでした。

「ちょっと一杯」も、恒例のお楽しみ。

「……あんまり美味しいもんじゃねえなぁ〜」

そう言って笑う父に、私たちも笑いながら、少しだけ胸がぎゅっとしたのを覚えています。

最後の日まで

時が経つにつれ、父の身体機能はさらに低下していきました。

排便は摘便で促していましたが、やがて限界となり人工肛門に。嚥下には問題はなかったものの、肺の機能が衰え、肺炎を繰り返すようになりました。

入院のたびに仙骨部に褥瘡を作り、家で治し、また入院する——そんな日々の繰り返し。

そしてとうとう、肺炎を乗り越える力も尽き、父は66歳で旅立ちました。 10月31日のことでした。

病院で、月をまたがずに亡くなった父。 最後まで、経済的な負担さえ気にしていたのかもしれない——そんなことを思うと、思わず笑ってしまいます。

「もういいよね」

4歳年上の母は、最期まで毅然と父に向き合い、支えていました。

けれど、年齢的にも体力的にも、限界はすぐそこにあったと思います。

だから私は、心の中で父にそっと話しかけました。

「お父さん、もういいよね……?」

父がよく口にしていた言葉があります。

『生きるとは、借りをつくること。 生きていくということは、その借りを返すこと』

60歳まで生き、そこからの6年間。

動けない体で、でも確かに“家族の一員”としてそこにいて、 父はきっと、静かに借りを返していったのだと思います。

※このお話は全3話の最終話です。 父との時間は、のちに私自身が介護や訪問入浴の仕事に関わるきっかけとなりました。

「60過ぎたらおまけの人生!」 笑いながら、父はよくそう言っていました。

その言葉どおり、父は“おまけの人生”を全うしたのだと思います。

  🌸最後までお読みくださり、ありがとうございました🌸



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