PR

親の介護の不公平は、なくなりません|ケアマネ15年が見てきた、きょうだいの温度差

親の介護の不公平は、なくなりません|ケアマネ15年が見てきた、きょうだいの温度差 介護

たまに顔を出したきょうだいに、こう言われたことはありませんか。

「割と元気で、しっかりしてるじゃない」

「まだまだ家で生活できそうで、安心した」

カーッと、怒りが湧いてきますよね。「それならしばらく、そちらで預かっていただけますか?」と言ってやりたくなる。

ケアマネジャーとして15年、たくさんのご家族を見てきました。今日は、きょうだいの温度差について書きます。

最初にお伝えしておきます。綺麗事は言いません。

ミリ子
ミリ子

この記事は、不公平を「なくす」話ではありません。不公平の中で、どうやって少しでも楽になるか。その話です。

🌿不公平ですか? はい、不公平です

きょうだいで、介護する人としない人がいるのは不公平ではないか。

——はい。まったくその通りで、不公平だと思います。

特に長男のお嫁さんが介護を担うと、逃げられない立場に置かれたうえに、決定権がありません。長男はその苦労やストレスを理解しようとしても、本人にしか分からないものがある。それも事実です。

「不公平」。残念ながらこれは、ずっとなくならない課題なのだと思います。

昔と違って一人っ子も多いですし、お子さんがいないため甥御さん姪御さんが関わるケースも増えています。

ですから私は、「不公平をどうやってなくすか」ではなく、「不公平の中で、少しでもストレスなく過ごすにはどうするか」を考えるほうが現実的だと思っています。

その答えは、記事の後半に書きます。まずは、私が見てきたご家族の話をさせてください。

🌿3年間、一度も揉めなかった姉妹

認知症のお父様と、車椅子のお母様。お二人暮らしのご家庭を、姉妹お二人が交代で訪問して介護していらっしゃいました。

古い木造のお宅で、長くご商売をされてきた造りでした。玄関が車椅子では使いにくかったため、お母様は縁側に設置したリフトを使っていました。

古い木造の日本家屋の縁側に設置された、車椅子用の昇降リフト
縁側に取り付けたリフト。この一台が、お母様の外出を支えていました

姉妹はお二人ともお仕事をされていました。デイサービスに通いながら、お二人分の介護保険をフル活用してヘルパーを配置し、それでも限度額を超えることは珍しくありませんでした。

私は3年ほど関わりました。その間、姉妹で揉めたり、ケアマネである私に愚痴を言ってきたりすることは、一度もありませんでした。

キーパーソンのお姉さんが動けないときは、妹さんが調整してくださる。お互いの生活を理解しながら協力し合う、素敵な姉妹でした。

ご両親も穏やかで、いつもニコニコされていました。姉妹お二人も、この穏やかなご両親に包まれて育てられたのだろうと思います。

長年の経験からも、女きょうだいが協力して介護するケースが、いちばんスムーズでした。

🌿「もう少し俺に頼っていいのに」

男性お二人のご兄弟もいらっしゃいました。

お父様は脳梗塞から歩行が不安定になり、認知症もありました。お母様は身体はお元気でしたが、認知症が進んでいました。長年お二人で生活されてきて、お母様はご近所づきあいを上手になさりながらお父様を介護してきた自負がある方です。
「私がお父さんを見ていかなくちゃ」という思いに溢れていました。

キーパーソンは、市内にお住まいの長男さん。ご次男は同じ町内にお住まいでした。

ご長男は長男としての責任感が強く、積極的に関わろうとされます。けれどお仕事がありますから、どうしても実際に動くのはお嫁さんになっていました。

長男のお嫁さんは、もともと無理をためこみやすい方で、パートもされていて、常に疲労を抱えていらっしゃいました。それでも「長男の嫁として義理の両親をみていかなければ」という使命感がある。ケアマネとして、私は危うさを感じていました。

ご兄弟の関係は、良いとは言えませんでした。担当者会議にご次男が顔を出されたことは一度もなく、私は最後まで、ご次男にお会いしたことがありません。

けれど、次男のお嫁さんは違いました。お若くてお仕事もされていなかったので、よくご両親の家にいらしていたのです。買い物のついでに寄る。必要な物を買ってきてさしあげる。「なんなら一緒に行きましょう」とお母様を誘って出かける。そのフットワークの軽さ。

お母様は、次男のお嫁さんを名前で呼んで可愛がっていらっしゃいました。

そのお嫁さんから聞いた、ご次男の気持ちはこうでした。

「もう少し俺に頼っていいのに……」

でも、何も頼まれないから動かない。やらない。

一方のご長男は、「顔も出さない次男に頼みたくない」

お互いの、我の張り合いのような関係でした。

救われたのは、次男のお嫁さんの存在です。ご長男とも良好な関係でしたから、お嫁さんを通して情報を共有したり、間に入って調整してくださって、本当に助かりました。このお嫁さんが、ご兄弟のクッションになり、長男のお嫁さんの支えにもなっていたと感じます。

令和の時代になっても、「長男」という重責は、まだ残っているようです。

ミリ子
ミリ子

頼まれないから動かない。頼みたくないから言わない。どちらも親御さんを思っているのに、すれ違ってしまうんです。

🌿ケアマネは、きょうだいの関係には入りません

ここで、正直にお伝えしておきます。

ケアマネが、ご兄弟の関係に入って物申すようなことはしません。そこまでの介入は、現実的ではないのです。

きょうだいの関係が良くない場面は、たびたび見てきました。介護は数年にわたることが多いので、長くお付き合いすることになります。それでも、長い年月のあいだに絡み合ってきた糸を解くには、時間がかかります。ケアマネが関わって改善できるようなものではありません。

それでも——私が関わってきたご家族は、どなたも、それぞれの立場で親御さんを大切に思う気持ちを持っていらっしゃいました。そこだけは、はっきり申し上げられます。

🌿ハガキに絵を描いて送っていた妹さん

施設でお会いしたご家族の話です。

入所されていた90代のお母様に、姉妹お二人がいらっしゃいました。キーパーソンは長女様。ところが長女様は、あまり面会にいらっしゃいませんでした。

次女様は、少なくとも月に一度は面会に来られ、昼食会の行事にも参加されていました。来られないときは、ハガキに絵を描いて送ってくださいました。

机の上に、コスモスの花を描いた一枚のハガキとペン、お茶のカップ
来られない月は、ハガキに絵を描いて

最初から、長女様にはこう相談されていました。

「妹とはあまり関係が良くないので、私から連絡したくありません。協力してほしい」

ケアマネは基本的に、ご家族の関係には入り込みません。お母様の変化や状態、面会のルールや行事のご連絡を、毎回お二人に個別にするわけにもいきませんから。

それでも私は、自分の判断で次女様にもご連絡を入れたことがあります。入所しているお母様が居心地よく、そしてご家族とも気持ちのいい時間を過ごせるようにすることが、ケアマネとして大切だったからです。

最終的にお母様は食事が摂れなくなり、療養型の施設へ移られました。その頃には——

「私から連絡したくない」とおっしゃっていた長女様が、直接妹さんに連絡できるようになっていました。

関係を修復するには、どうしても時間がかかります。今回は、お母様の入所がきっかけになったのかなと思っています。

🌿私は、弟に助けを求めませんでした

ここまで仕事の話を書いてきましたが、私自身も、母を自宅で看取った一人です。

脳梗塞のあとにうつの症状が出た母は、2階の自室にこもって、ベッドに横になったまま一日中テレビを観ている生活でした。あんぱんばかり食べていましたし、血圧が少し高いと「血圧が! 血圧が……!」「救急車呼んで!」と訴える母でした。

もともと両親と同居していましたし、母は麻痺の残った父を献身的に介護してきた人です。自然な流れで、私の介護が始まりました。

19年、同居しました。

正直に書きます。うつの症状がひどくなった時期、主人は母を受け入れられず、一緒に食事をすることができなくなった時期がありました。

その間、主人はどんな気持ちで一緒に暮らしてくれていたのか。今になると、何も文句を言わずに寄り添ってくれた主人に、感謝の気持ちが溢れます。

弟は、少し離れた場所で生活していました。

そして——私は、弟に助けを求めませんでした。

というより、選択肢にすら浮かびませんでした。

職業柄、母を自宅で看取りたいという気持ちが大きかったこともあります。でも、いちばんの理由は別にありました。

介護に必死なときは、周りに目を向ける余裕がないのです。

ある日、母に黄疸が出て受診すると、大きな病院を紹介されました。膵臓がん。余命3ヶ月と宣告され、そのまま入院です。母には告知せず、手術で黄疸は良くなり、自宅へ戻りました。信頼していた訪問診療の先生に入っていただいて、退院のときは歩くこともできていました。

それでも——本当に3ヶ月で、旅立ちました。

母が亡くなる一週間ほど前、最後に弟にお願いして、私の留守に来てもらいました。母と二人の時間を過ごしてもらったのです。

「アイスクリーム食べたよ」

弟は、そう報告してくれました。母も、弟が来てくれたことを嬉しそうに話していました。

窓辺のテーブルに置かれた、食べかけのアイスクリームのカップが2つとスプーン
「アイスクリーム食べたよ」。母と弟の、二人の時間

今考えれば、もっと早くに弟に手伝ってもらったり、休みの日に母の話を聴いてもらえばよかったなと思います。

葬儀の手配やお寺との交渉は、すべて弟が担ってくれました。その後も、すべて弟が管理しています。

その葬儀の日、弟がぽつりと言いました。

あの時アイスを食べながら、お母さんと話せて良かったな

私が留守にした、あの一日のことです。

代わってもらうことは、頼むほうだけのためではないのだと、このとき知りました。

そしてその日、涙を流している主人を見て、少し驚きました。

19年の生活は、主人を含めて家族になっていたんだなと思います。

🌿だから言えます。1日、代わってもらってください

綺麗事は言いません。

介護中で、不公平に納得がいかない。そういう状態でしたら、普段介護に携わっていないご家族に、泣きついてでも1日代わってもらいましょう。

本来でしたら、一週間くらい旅行にでも出かけて、その間の介護を頼みましょう。

やってみれば分かります。全部は分からないでしょうが、大変さの一端は感じます。

「この人がいないと困る。私にはこの介護をずっと続けるのは無理だ!」と思うはずですから。

「やってもいない人が、あれこれ言わないで!」と叫びたい気持ちを、グッとこらえて——代わってもらう。これが一番だと思います。

もし「もう限界かもしれない」と感じていらっしゃるなら、こちらもあわせてどうぞ。在宅介護の限界サインは「大丈夫」でした|ケアマネ15年が見てきた2組のご夫婦

🌿お礼は、お金でも物でもありません

そして、介護していない立場の方へ。

何かしてあげられること。お礼の気持ちを表すこと。それは「一時でも代わってあげる」「介護者に自由な時間を提供する」ことではないかと思っています。

お金でも、物でもありません。

介護を代わる時間によって、具体的に大変なことを体験して、介護者の気持ちが分かります。

「こんなことが!」「そうそう、それがあるから困るのよね」「そうだね、ほんとにどうしたら一番いいんだろうね」

——体験を共有できるのです。

そして共有することで、介護者と、介護していない人との間に仲間意識が生まれます。同じ介護の同士のようにもなれるのです。

どこまで理解してくれるかは、その人、そのケースによって違います。でも、体験しないときよりは、介護者への理解が数段高まっているはずです。

ショートステイや入所の提案にも、理解を得られやすくなります。結果として、それが介護者の生活を守ることになります。

▶ 施設を考える段階になったら、申し込みの手順はこちらにまとめています。老人施設の入り方|ケアマネ歴15年が教える申し込みから入所まで

まだデイサービスも使っていない、本人が嫌がって困っている——という方は、こちらもどうぞ。デイサービスを嫌がる母へ。「行かない」と言わせていた自尊心が、一番の味方になった話

🌿ケアマネには、最初に言っておいてください

どんな場合でも、ケアマネには最初の段階から、きょうだい間の温度差を正直に話してください。

その関係を修復することは、私たちにはできません。でも——

お互いの気持ちを多方向からキャッチして、誤解やすれ違いの、少しの隙間を改善するボールは投げられます。

抱え込まないでください。あなたの気持ちを理解してくれる人が、必ずいます。あなたは一人ではありません。

どんな気持ちも抱え込まず、ケアマネに話していいんです。良いケアマネは、ご家族の本音を待っています。

施設のことをきょうだいで話し合う段階になったら、こちらも読んでみてください。親を施設に入れるのは親不孝?|ケアマネ15年が見てきた「入ったあとの親たち」

🌿親御さんは、どの子も可愛いのです

間にいる親御さんは、どの子も可愛くて、いつまでも心配なのです。

親御さんを通した介護の時間が、少しでもご家族の潤滑油になればいい。そのお手伝いができるのが、ケアマネだと思っています。

私の父のことは、3回に分けて書いています。母のことも、いつか書けたらと思います。60歳から“おまけの人生”と言った父が変わった日【介護の始まり】

※事例は、個人が特定されないよう内容を一部変えています。

🌸ここまで読んでくださってありがとうございます。
感じたことやご経験があれば、一番下のコメント欄から一言いただけたら嬉しいです🌸

60歳からの身体・介護・これからの人生を、少しラクに整えていきませんか?

これからも一緒に読む

ブックマークして、いつでも読みに来てくださいね

※本記事の一部はAIを活用して作成しています。

コメント